室の八島
こんにちわ!
車で巡る奥の細道今度こそ室の八島です。ここは栃木市の北側の大神(おおみわ)神社にあります。
1689年5月18日の出来事!芭蕉が室の八島を遠くに見ながら、曾良の話を聞き通り過ぎました。
奥の細道では 本文と現代文
室の八島絵図 奥の細道文学館より
大神神社とは
社伝によれば、大神(おおみわ)神社は、倭大物主櫛玉命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)を主祭神とし、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、瓊々杵命(ににぎのみこと。咲耶姫の夫)、大山祇命(おおやまつみのみこと。咲耶姫の父)、彦火々出見命(ひこほほでみのみこと。咲耶姫の子)を配神とする神社で、創建は神武天皇からかぞえて10代目の崇神(すじん)天皇のころとされる。
崇神天皇の皇子豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)が東国平定のときに、大和国三輪山(奈良県桜井市)に鎮座する日本最古の神社、大和国一之宮三輪明神・大神神社の分霊を奉斎し、民の平安と戦勝を祈願したのが始まりと伝えられている。
大神神社は古来「室の八島」ともいわれ、境内の、水を張った池の中に石橋や朱塗りの橋が架かった島が8つあって、それぞれの島に筑波神社、天満宮、鹿島神社、雷電神社、浅間神社、熊野神社、二荒山神社、香取神社が鎮座している。
ここには小さな社が沢山あり 池の中の島に作られています。
こんな橋も作られています。
曽良の言葉として「無戸室に入て焼給ふちかひのみ中に、火々出見のみこと生れ給ひしより室の八嶋と申」と「おくのほそ道」の本文に書かれている。
糸遊に結びつけたるけぶりかな 松尾芭蕉
逆光で又 見難い 写真を出したこと!(他に撮ってないのかな?)
いかでかは思ひありとも知らすべき室の八島の煙ならでは(藤原実方)
煙かと室の八島を見しほどにやがても空の霞みぬるかな(源 俊頼)
古事記にある「一夜で懐妊したため貞操を疑われた木花咲耶姫が、不貞でできた子なら焼け死んで出産できないはずと、身の潔白を誓って無戸室に入って火を放ち、燃え盛る炎の中で無事に彦火々出見命ら三柱を産み落とした」という神話に依るもので、大神神社が「かまど(古くはかまどを『やしま』といった)のごとく燃え盛る無戸室」で出産した咲耶姫を祭っていることから「室の八島」と呼ばれるようになったことを説明している。

住所 栃木市惣社町 マップコード 74544214*32 が駐車場です。
トイレとジュースの販売機がありました。
何枚かの写真 煙が出ているように見えませんか?
何回も行きましたよ!日光に行くにしても 黒羽行くにも寄り道がてらに (行ってる割に いい写真を撮ってないじゃない?!)
アルバムを見る
youtube動画検索
流鏑馬祭・大神神社.栃木市 mov お神楽・大神神社.mov
旅の参考に!
栃木市観光協会 市役所観光案内 栃木市の観光 観光パンフ(7件該当)
金売り吉次の墓に進む https://masaokapp.seesaa.net/article/200712article_21.html
惣社河岸 https://masaokapp.seesaa.net/article/201203article_5.html
栃木市に戻る https://masaokapp.seesaa.net/article/200712article_15.html
奥の細道トップ https://masaokapp.seesaa.net/article/200710article_17.html
それでは皆さんも いってらっしゃい!
栃木市の宿
ホテルサンルート栃木 藤や旅館
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1689年5月18日の出来事!芭蕉が室の八島を遠くに見ながら、曾良の話を聞き通り過ぎました。
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室の八島絵図 奥の細道文学館より
大神神社とは
社伝によれば、大神(おおみわ)神社は、倭大物主櫛玉命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)を主祭神とし、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、瓊々杵命(ににぎのみこと。咲耶姫の夫)、大山祇命(おおやまつみのみこと。咲耶姫の父)、彦火々出見命(ひこほほでみのみこと。咲耶姫の子)を配神とする神社で、創建は神武天皇からかぞえて10代目の崇神(すじん)天皇のころとされる。
崇神天皇の皇子豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)が東国平定のときに、大和国三輪山(奈良県桜井市)に鎮座する日本最古の神社、大和国一之宮三輪明神・大神神社の分霊を奉斎し、民の平安と戦勝を祈願したのが始まりと伝えられている。
大神神社は古来「室の八島」ともいわれ、境内の、水を張った池の中に石橋や朱塗りの橋が架かった島が8つあって、それぞれの島に筑波神社、天満宮、鹿島神社、雷電神社、浅間神社、熊野神社、二荒山神社、香取神社が鎮座している。
ここには小さな社が沢山あり 池の中の島に作られています。
こんな橋も作られています。
曽良の言葉として「無戸室に入て焼給ふちかひのみ中に、火々出見のみこと生れ給ひしより室の八嶋と申」と「おくのほそ道」の本文に書かれている。
糸遊に結びつけたるけぶりかな 松尾芭蕉
逆光で又 見難い 写真を出したこと!(他に撮ってないのかな?)
いかでかは思ひありとも知らすべき室の八島の煙ならでは(藤原実方)
煙かと室の八島を見しほどにやがても空の霞みぬるかな(源 俊頼)
古事記にある「一夜で懐妊したため貞操を疑われた木花咲耶姫が、不貞でできた子なら焼け死んで出産できないはずと、身の潔白を誓って無戸室に入って火を放ち、燃え盛る炎の中で無事に彦火々出見命ら三柱を産み落とした」という神話に依るもので、大神神社が「かまど(古くはかまどを『やしま』といった)のごとく燃え盛る無戸室」で出産した咲耶姫を祭っていることから「室の八島」と呼ばれるようになったことを説明している。
住所 栃木市惣社町 マップコード 74544214*32 が駐車場です。
トイレとジュースの販売機がありました。
何枚かの写真 煙が出ているように見えませんか?
何回も行きましたよ!日光に行くにしても 黒羽行くにも寄り道がてらに (行ってる割に いい写真を撮ってないじゃない?!)
アルバムを見る
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流鏑馬祭・大神神社.栃木市 mov お神楽・大神神社.mov
旅の参考に!
栃木市観光協会 市役所観光案内 栃木市の観光 観光パンフ(7件該当)
金売り吉次の墓に進む https://masaokapp.seesaa.net/article/200712article_21.html
惣社河岸 https://masaokapp.seesaa.net/article/201203article_5.html
栃木市に戻る https://masaokapp.seesaa.net/article/200712article_15.html
奥の細道トップ https://masaokapp.seesaa.net/article/200710article_17.html
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この記事へのコメント
神社が室の八島であるとすると、次の和歌はどう理解したらよいのでしょうか?
<夏くれば室の八島の里人もなほ蚊遣火(かやりび)や思ひ立つらむ>小侍従
<待てしばし煙の下にながらへて室の八島も人は住みけり>藤原隆祐
神社が室の八島であるとすると、次の和歌はどう理解したらよいのでしょうか?
<跡もなき室の八島の夕煙なびくと見しや迷ひなるらむ>法印守遍
松尾芭蕉の[奥の細道]では、木花咲耶姫の無戸室の故事の舞台となった境内一帯を室の八島とし、池は室の八島と無関係としています。
[奥の細道]の冒頭に「室の八島に詣す」とありますから、芭蕉は「室の八島を遠くに見」たのではありません。室の八島を訪れているのです。
今の大神神社ができたのは、明治時代です。この神社は江戸時代までは違う神社でした。
室の八島も、今では糸遊(陽炎)が立つような田園地帯
に変わってしまったのだなあ。鎭守の森に陽炎は立たない。こんな神社は室の八島ではない。
室の八島の和歌を本格的に勉強した人は知ってるんですが、室の八島の煙は「恋の煙」という架空の煙です。
人を恋する→胸が熱くなる→火→煙 これから「恋の煙」という言葉が生まれました。
室の八島の八島(沢山の島)→カマド神を意味する八島→カマド→煙
室の八島は和歌の上だけで煙と関係してくるのです。
皆さん詳しく調べているので感心します。
僕もコメントを見ながら なるほど!なるほど!言っています!
いかにせむ-室の八島に-宿もがな-恋の煙を-空にまがへむ
「室の八島に宿もがな」を現代風に訳すと、こんな景色の良い室の八島に別荘でもあればいいなあ。
皆さんよく歴史を調べているんですね!僕は知らない事ばかりで、いただいたコメントを見て勉強するようですね!!
いかにせむ-室の八島に-宿もがな-恋の煙を-空にまがへむ
・平治の乱~江戸時代が始まる頃までの室の八島
<夏くれば室の八島の里人もなほ蚊遣火や思ひ立つらむ>
<待てしばし煙の下にながらへて室の八島も人は住みけり>
・[奥の細道]の頃の室の八島その1
「糸遊に結びつけたる(室の八島の)けぶりかな」松尾芭蕉
・[奥の細道]の頃の室の八島その2
池の室の八島は存在しましたが、池を詠んだ和歌・俳句を知りません。
・明治~戦前までの室の八島
室の八島は実在した場所ではない。
・戦後の室の八島
神社and/or池 短歌・俳句には興味が無いので省略
その後池は小さくなりましたが、「神社境内の竹(笹)を持って富士登山すると云々」と変わって、戦後までこの習慣は残っていたようです。
この話、ルーツを辿って行くと[竹取物語]にぶつかります。
こちらのかぐや姫は、月に帰るのではなく、富士山の神になります。だから「富士登山に竹云々」なのです。
松尾芭蕉の時代には、富士山の神・木花咲耶姫の故郷は下野国の室の八島であるという浅間神社の縁起がありました。
木花咲耶姫の故郷とは次の和歌の場所です。
<夏くれば室の八島の里人もなほ蚊遣火や思ひ立つらむ>
しかし松尾芭蕉の時代には、芭蕉の次の俳句のように変わっていました。
「糸遊に結びつけたる(室の八島の)けぶりかな」
この室の八島の池は、当時の室の八島大明神の境内にありました。こういうことから室の八島が神社と関係して来ることになります。それは江戸時代が始まる頃です。
富士山の神・木花咲耶姫が室の八島大明神と関係して来るのも江戸時代が始まる頃です。その時の最初の祭神は木花咲耶姫の御子でした。木花咲耶姫が室の八島大明神の祭神になるのは、芭蕉らがこの神社を訪れる(1689年)ちょっと前1682年頃です。