腰越城跡 (小川町)
こんにちは!
今回も訪問いただきまして 誠に感謝いたします。
安・近・短・&埼玉戦国シリーズも ここ辺りで 一段落となります。
太字には リンクが付いています。(あちこち楽しんで下さい)
腰越城跡
標高216m、比高100m
城主山田伊賀守直定ほか,『青木家家譜』治承4(1181)年山田伊勢守清義が宇治川の先陣に敗れた後、籠城するために築く。
小川から東秩父の境に安戸を守るように楔状に突き出した丘陵端部に築城されている。小川から東秩父は大河原谷と呼ばれた地域で、上田氏の領地であった所で、奥には御堂に上田氏の菩提寺である浄蓮寺があり、安戸には家老山田氏の屋敷跡が所在する。上田氏の本拠地を守るため城だったのだろう。
槻川に三方を囲まれた天然の要害に築かれた、戦国時代の山城。
山頂は標高216メートルで、小川盆地や槻川ぞいの眺めがよい。
小川町方面を 見た景色です!(余談ではありますが 官ノ倉山にもいけるそうです!)
それでは最後に 場所の説明です。
城跡はここですが 車は パトリア小川に置いていきます。(帰りに一風呂浴びてみては?)
腰越城跡アルバム(登っていく様子はこちらで)
嵐山史跡の博物館にもどる!(史跡めぐりの始まりです)
近くの記事は 仙元山 道の駅おがわまち 高見城跡 埼玉・群馬の戦国時代 奥武蔵グリーンラインの雪
ここで今庄の山城を 思い出しました。
燧ヶ城址(ひうちがじょうし) 春日山城跡も景色が良いですよ!
それでは 皆さんいってらっしゃい!
今回も訪問いただきまして 誠に感謝いたします。
安・近・短・&埼玉戦国シリーズも ここ辺りで 一段落となります。
太字には リンクが付いています。(あちこち楽しんで下さい)
腰越城跡
標高216m、比高100m
城主山田伊賀守直定ほか,『青木家家譜』治承4(1181)年山田伊勢守清義が宇治川の先陣に敗れた後、籠城するために築く。
小川から東秩父の境に安戸を守るように楔状に突き出した丘陵端部に築城されている。小川から東秩父は大河原谷と呼ばれた地域で、上田氏の領地であった所で、奥には御堂に上田氏の菩提寺である浄蓮寺があり、安戸には家老山田氏の屋敷跡が所在する。上田氏の本拠地を守るため城だったのだろう。
槻川に三方を囲まれた天然の要害に築かれた、戦国時代の山城。
山頂は標高216メートルで、小川盆地や槻川ぞいの眺めがよい。
小川町方面を 見た景色です!(余談ではありますが 官ノ倉山にもいけるそうです!)
それでは最後に 場所の説明です。
城跡はここですが 車は パトリア小川に置いていきます。(帰りに一風呂浴びてみては?)
腰越城跡アルバム(登っていく様子はこちらで)
嵐山史跡の博物館にもどる!(史跡めぐりの始まりです)
近くの記事は 仙元山 道の駅おがわまち 高見城跡 埼玉・群馬の戦国時代 奥武蔵グリーンラインの雪
ここで今庄の山城を 思い出しました。
燧ヶ城址(ひうちがじょうし) 春日山城跡も景色が良いですよ!
それでは 皆さんいってらっしゃい!
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